人と人の距離

誰も言わないからあえて言うが、挨拶代わりにハグしたりチュッチュとする国の感染拡大が一気に進んだことは間違いないだろう。

日本にはそういった習慣がないので感染拡大が少なく、ゆっくりだったことは明らか。だが、文化習慣の違いは今更変えられない。また、その結果から被害を受けるのはその国のことなので指摘していないだけであろう。

さて、コロナ騒動明けの世の中はどうなるか?よく行くコメダの店内座席の写真をパチリ。

座席一つおきに使用禁止にしている。現状とれる対策としては仕方なしか。

しかし、今後新たな店舗を作るときは、最初からこのくらいの間隔を空けた設計になることは容易に想像できる。

私は常に車で移動している。一人で車移動するのは贅沢だとか、みんなが我慢しているのにとか散々言われてきたが、日本の電車の混雑は異常だ。我慢の限界を超えている。別に感染を避けてのことではなかったが、それを異常だと思うことが正常だと考えている。

極論人間は増えすぎた。

動物(人間も動物だ)は普通テリトリー(縄張り)がある。

食べ物の量、繁殖の成功などで本来、個体あたりどのくらいのエリアが必要か?数値は決まっているだろう。

人間は賢い(それが仇となった面もある)ので、効率を重視し、満員電車で人を運び、食べ物を大量生産する方法を考えた。

しかし、本来個体に必要なテリトリースペースを削って密集するのは間違っている。ということか。

ストレスから戦争したり、疫病の蔓延で必ず人減らしの事変が起きる。自然現象と言えるかも。

感染防止の視点でソーシャルディスタンスなる言葉も出たが、もう少し踏み込んで、快適な距離、安心できる距離とか、動物としてのテリトリーという視点で距離を考える必要もあろう。

今後、コーヒーは値上がりする。それを払える生産性の向上が求められる。

しかし、効率や利益を重視しては本末転倒となる。

今までとは違った構造で生産性を上げないと。新たな項目追加ですな。

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